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2018年5月 4日 (金)

A4

4;理数教育は科学的・合理的なものであり、「美しさ」や「畏敬の念」といったなにがしかの宗教的、非合理的なものにつながることを対象とするものではありません。

 

 算数科方針の中に、算数とは美しいものであり、その「美しさ」の一つに「図形や式の対称性やバランスに見られる美しさ」があると記述されています。また、「美しさ」を子どもたちに実感できる授業を経験させるためには、「教師自身が算数にかかわる美しさを深く理解し、その感動を伝えたいと強く望まなければなりません」と記されています。「美しさ」「感動」そのようなものに心ひかれ算数を扱うというのは、図形や式に或る種の「神秘性」「宗教性」を見いだし、教団に近い集団を作り、数学を秘儀のように扱ったピタゴラス・ピタゴラス教団を想い起こさせます。数学は数学的方法・手段を用いて世界を徹底的に合理的に解釈しようとするものであり、本来「神秘性」や「宗教性」に近づいていくものではないはずです。

 

 算数科方針に見られる或る種の「宗教性」は、理科教育方針ではより端的に表現されます。それは、「『大自然への驚き、予感との矛盾』等の科学的興味を喚起し、最終的に『完璧なまでに調和に満ちた大自然への畏敬の念』を心に刻んだ人物が育まれることを切に願う」といった部分です。「大自然」へ「畏敬の念」を持ったりしては、およそ理数科的探究を自然に及ぼしていくことはできません。「大自然」に「畏敬の念」を持つというのは、宗教的な態度であり、これでは「大自然」の分からない点はすべて「神の仕業」「神の摂理」であり、それはタブーであり、ということで、最初から人間の探究に「しきい」を作ってしまう態度であり、理数科的探究、科学的探究を阻害してしまう態度です。科学は徹底的、合理的に「大自然」に迫っていくものであり、最後は「神」や非合理的なものに解決を見いだしていくものではありません。

 

 以上のような意味からいうと、森友学園・小学校の理数科教育は、合理的・科学的な思考・態度を子どもたちに身に付けていく教育というより、宗教的・非合理的な「思考」・態度を身に付ける「教育」といえるでしょう。

 

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