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2018年5月 4日 (金)

A3

3;記紀神話を基にして天皇制国家を絶対化・神格化した「神国思想」で子どもたちを、戦前・戦中と同じように「洗脳」しようとしています。

 

 明治政府の官僚たちは、天皇を唯一の主権者とした国家(絶対主義天皇制国家)を作り上げるため、日本の国は、神の思想である「万世一系」の天皇が、代々統治してきた国であるという「神話」を古事記・日本書紀(記紀)神話を基に作り上げました。いわゆる「神国思想」と呼ばれるものです。従ってこの思想はたかだか100年余の歴史しか持たないものです。日本の歴代の支配者たちは、この思想をあらゆる手段を使って国民に浸透させようとしました。「教育勅語」を背骨とした学校教育がその最たるものでした。この教育を受けた子どもたちが、日本=天皇の国=神の国として、外国人、ことにアジアの人々に対していわれなき「優越思想・選民意識」を持ったことは云うまでもありません。それがアジア太平洋戦争の末期に、「八紘一宇」や「大東亜共栄圏」の思想として、日本の侵略戦争や植民地支配の合理化、正当化、美化につながっていったのです。

 

 さて、森友小学校は「カリキュラム編成にむけての方針」において、社会科・国語科において「国家観の醸成について」述べ、ここで「~記紀(古事記・神話の重要性について)~」を取り上げます。戦後教育を受けて育った「日本人は、記紀も含めて日本の神話」を教えられておらず、「日本という国がどのようにして始まり、その後日本人がどのような道を歩んできたかを示す、根本、ルーツというべき大切なものが抜け落ちている」と断じます。ここにあるのは、神話と史実を混同させようという非科学的、非合理的な姿勢そのものであり、神話をひたすら信ぜよという「宗教」教育以外の何ものでもありません。小学校自身がこれを否定せず、「宗教や神話」が「国の精神的支柱」だと言い切ります。さらに、「古代から継承されてきた大切な価値の連続性が寸断される」と言います。ここでは「古代から継承されてきた大切な価値」なるものが、天皇・天皇制の歴史を指すのかも知れませんが、これも史実から云えば、当時の支配者たちが自分たちの支配を正統化・神格化・絶対化するために創作した、多くが「神話」なのです。これを明治以降の日本の支配者たちが再び持ち出したものに過ぎません。支配層が創作した「建国神話」を信じ込んだ民族が、「民族としての伝統と文明力」に「大いなる誇りをもって諸外国」とまともに接することができるとも思えませんが、そのために「日本はどのように歩んできた国なのか」、「『日本の建国の理想』を活き活きとした描写で子どもたちの心に響かせる」と云います。史実と現実を混同し、日本は神の国、「神武創業」が近代天皇制国家の始まりといった「国家観」を身に付けようというのです。こうした明治以来支配層が国民に植えつけてきた「神話史観」が、結局アジア・太平洋戦争の悲劇につながったことの反省が、小学校の「方針」には微塵もありません。

 従って「記紀をしっかり伝えていきたい」、「古事記を大切に扱いたい」という森友小学校の「方針」は断じて受け容れられるものではありません。「国家観」の醸成と言いますが、ここで想定されている「国家」は日本国憲法が想定している主権者が国民の民主主義国家ではなく、天皇制国家、天皇中心主義国家であり、その「国家観」とは、「神話史観」としか言いようがありません。

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