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2013年2月20日 (水)

教育現場でのいかなる体罰にも反対する

教育現場でのいかなる体罰にも反対する
橋下市長は体罰事件を政治的に利用するな

 大阪市立桜宮高校体育科・バスケットボール部で昨年12月23日、顧問の体罰が原因で主将の生徒が自殺するという痛ましい事件が起こった。亡くなる数日前、「なぜ僕だけがしばき回されなくてはならないのですか」という悲痛な叫びが手紙に記されていた。顧問の教諭は直近だけでも、亡くなる5日前に平手打ち、前日にも数十回にわたり生徒を叩き、進学に不利になるのに主将を辞められるのかと恫喝した。生徒は度重なる暴力に嫌気がさし主将をやめたいと思っていたのに、やめることさえできない状況に追い込まれた。今回の場合は「体罰」でさえなく、誰が見ても顧問による暴行事件と言うほかない。教育現場で一人の生徒を自殺に追いやることなど断じて許されない。
 私たちは、教育現場における体罰には、いついかなる場合にも絶対反対である。それは子どもたちに非合理な暴力に対する屈従と、暴力的『権威』に対する屈服を強いるだけである。教育の目的である子どもの人格の全面的な発達や、非合理的な権威に屈せず自主的に考え行動できる人間を育てることとは根本的に反する。

    根本的に改めるべきは市教委と校長の隠蔽体質

 今回の事件は、起こるべくして起こった。昨年、同校バレー部で、顧問の常態化した体罰に耐えかねた生徒が集団で「体罰記録」をつくり、校長・教頭に告発し、顧問の交代を求めていたのである。部員6人に250発にも及ぶ平手打ちを食らわせていたのである。しかも校長がもみ消した後、今度は生徒達は教委に告発、校長に差し戻された後に、ようやく顧問は停職3ヶ月の懲戒を受けた。保護者達はこの顧問の復職に懸念を示していたという。ところがこの顧問は復職後も昨年11月に体罰を行い、これも校長がもみ消している。実はこのバレー部の事件の際に教委に、今回のバスケット部の体罰についても告発されていたことが判明した。
 昨年の段階で、市教委と校長が、生徒から発せられた告発に本気で取り組んでいたなら、今回の自殺を防ぐことができたかもしれない。その意味で市教委・校長による隠蔽ともみ消しの責任は重大である。
 私たちは今回の事件の真相と原因を徹底的に解明することを求める。バスケット部クラブ顧問による指導とも呼べない暴力と威圧の実態の解明は言うまでもない。問題はもっと深刻である。すでに明らかになっているだけで14の運動部のうち6部で暴力による指導があったと生徒は答えており、外部監察チームの調査でも男女バスケットボール部、バレーボール部、サッカー部で恒常的な暴力指導が、野球部で部員による暴力があったことが明らかになっている。暴力的指導が体制化している現状とその原因、背景を徹底的に解明すること抜きには事件の再発は防ぐことはできない。子どもたちが傷つくことを防げない。

  全ての部活動の再開と体育科もどきの「普通科」入試で幕引きか

 橋下市長は事件の政治的利用が済むやさっさと幕引きに転じた。2月5日、大阪市教委は桜宮高校の全ての部活動の再開を決めた。暴力的指導が常習化していた3部の顧問交代などを条件としての再開である。入試についても体育科・スポーツ健康科の入試は「中止」されたが、体育科もどきの特別の「普通科」を募集することになった。まるで事件は終わったかのような形で進みつつある。
 橋下市長はこれまでと同様、今回も、体罰を推奨してきた自分自身の責任を隠蔽し、自分への批判を誤魔化し、追及の矛先をかわすために、別の敵を定め、そこへの攻撃を徹底的に行い、問題のすり替えと責任転嫁を行った。高校生の自殺を自らの政治ショーに利用したのだ。私たちは強い憤りを感じる。
 生徒が自殺して以降、橋下市長はどう振る舞ったのか。1月10日までは橋下市長は自慢げに体罰容認論を繰り返していた。ところが遺族から話を聞かされ、同日新聞で桑田投手の記事が出て、手のひらを返したように体罰容認を豹変させる。このままでは責任を追及されかねないことを敏感に察知したのだ。今度は桜宮高校の校長・教員・生徒全体を全面的に悪者に仕立て上げ、激烈に攻撃することに転じた。「体育科、スポーツ健康科の入試中止」「受け入れられる状態じゃない」「中止しなければ予算をつけない」「全クラブ顧問の転勤」「全クラブ活動の中止」「もう時間がない」等々、考える余裕を与えず矢継ぎ早にメディアで騒ぎまくった。さらには入試中止に反対する生徒や保護者に「桜宮の在校生・保護者の認識は甘すぎる、クラブの成績勝利だけをめざし顧問の指導もすべて無批判にうけいれてきた。親の方がおかしい」等々、生徒・保護者まで加害者・加担者であるかのような高飛車な罵詈雑言を浴びせ続けた。
 そして最後は、前述のように手直しをしての部活動再開であり体育科もどきの普通科開設である(それも1年限りの)。そしてバスケ顧問の懲戒免職で幕引きである。いったい何を根拠に大騒ぎをし、なぜ学校全体や生徒保護者を攻撃したのか。どこが事態の根本的解決なのか。まだ同校の部活動の実態についてさえキチンと解明できていないではないか。橋下市長は1月27日の番組(「報道ステーション・サンデイ」)で「ここまで強い方針を出して進めたのだから、今後市長として桜宮高校に対して何をどうされるのか?市のトップとしての今後の具体案は?」という質問に対して、「今の教育委員会制度のもとでは僕はできない。あとは教委にやってもらうしかない」と、後処理を教委に丸投げし開き直った。この問題での責任回避と自己宣伝が終了したので、あとの関与にメリットは全くない、だから手を引くと表明したのである。ただ橋下市長は、今回の事態を利用し、教育委員会に対する市長の介入権限拡大を実現しようとしている。
 
 体罰を結局は肯定する橋下大阪市長

 橋下市長は、府知事就任以降、「口で言って聞かないなら手を出さないとしようがない」「クラブ活動の中で、ビンタすることはありうると思っている」等々、一貫して体罰を容認してきた。これが府下の教育現場に、「熱中指導=体罰も許される」「成績を出せる指導者が手を出しても、批判できない」という指導者の考え、全体のムードを助長したのは少なからず事実である。
 桜宮高校の事件を知った直後も、同趣旨の発言を橋下は繰り返した。しかし、1月12日遺族の家を突然訪問した後、「自分の考えは間違っていた、甘かった」の一言で、これまでの自分を反省したかのような態度に出た。
 それでは、橋下市長は本当に従来からの体罰容認を反省したのか。答は全くの否である。橋下は、最近でも次のような発言を行っている――スポーツ指導の現場と、生活指導の現場は違う。スポーツ現場では体罰は全く無意味であるが、生活指導現場ではそういう検証がまだなされていない。文科省・教委は無責任に「体罰禁止」と言っているが、それで現場がまわるのか。ぎりぎりの状況で手をあげることもある――(1月27日「報道ステーション・サンデイ」)。結局、「教育は200%強制だ」と公言し、生徒は命令に従順に従わすものと考える彼の本質は何も変わっていない。

 必要なことは、真相の糾明と、成果主義・競争主義・絶対服従の教育の撤廃

 橋下市長は、保護者・生徒にまで「当事者責任」を要求し、常軌を逸した態度をますます露わにしている。桜宮高校生へのバッシングが起こっている事態は無視するばかりか、「桜宮の施設はものすごい、高校の域を超えている。体育科として特別な意識が芽生えるような施設だ」などと言い始め、あの高校は特別だ、ずるい、ひどいといったニュアンスの、バッシングを煽る発言まで始めた。しかし、これらの学校を作り、特別扱いをしたのは文字通り大阪市長と市教委である。今回の事件は顧問の個人的資質の問題だけではない。それ以上にこの特別扱いが一番の土台をなしている。
 桜宮高校の体育科は特別のコースである。府下全域から体育のエリートを集める運動部の部活動で全国大会優勝を目指すことを目標にしている。問題のバスケット部が典型であった。体育科は、受験エリートを目指す府立の「トップ10」と並んで府や市の進める「多様化」「特色化」の最先頭にある。授業も、顧問も特別扱いである。授業の中に部活動の時間があり、退部することは学校を辞めるに等しい。顧問も生徒も全国大会出場のプレッシャーにさらされる。顧問に絶対服従を求められても不思議でない、逆らえない学校なのだ。
 橋下市長は今頃「あの学校は特別だ」等と言うが、そんな学校作りを最先頭に立って進めてきたのは橋下府知事であり、橋下市長である。府知事就任後、「進学特別校を選び、特別予算を与える。特色ある“がんばる高校”、成績を出した学校には予算を配分」などと主張し、現に部活動の全国大会で良い成績を残した学校には数千万円に上る「特別補助」予算が配分された。昨年橋下市長は、がんばる教員に一人百万円、特色化の校長に5百万円支給などと、ますます特別扱いと成果主義・競争主義の体制を強めた。橋下こそが、「特別な意識が芽生える」学校を増加させてきた元凶ではないか。今回の事件さえなければこのバスケット部の顧問は最も成果を上げる優秀な教員であったのだ。
 私たちは、今回の事件の主要な原因の一つ、その促進要因が、橋下市長自身が大阪府・大阪市で先頭に立って進めてきた市場原理主義教育、教育のあらゆる場に「競争を煽り、競争を持ち込む」橋下・維新の会の政策とそれに追随する教育行政にあると考える。「競争強化の政策(勝利・成果至上主義)」の作り出す歪みである。それらはまた「評価・育成システム」の導入によって一層加速されている。現に「成績を出さねば、評価されない。給料にもひびく」というあせりと不安が、教職員の中に急速に強まっている状況は、看過できない。
 成果主義・競争主義と絶対服従主義の教育は、必ず体罰を引き起こす。まだ事件の全容、さらには暴力的指導の行われていた部活動の全実態は明らかにされていない。私たちは、体罰を真の意味で根絶するには、この実態を解明し、特別の学校を作り出す多様化路線、教員と生徒への成果主義・競争主義を中止し、絶対服従教育を根本的に転換しなければならないと考える。

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